ベルリンの博物館、美術館群は、豊富な文化資産はもちろんのこと、イオ・ミン・ペイ、ダニエル・リベスキンド、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ、ヴァルター・グロピウスら巨匠によって設計された建築そのものも見逃せない。これらの建築はベルリンのシンボルといえる。
美しい建築物が立ち並ぶ街ベルリンは、今再び文化の街として甦りつつある。この街を訪れたら、一八世紀に建設され永くドイツの盛衰を見守ってきたブランデンブルク門や、一九六〇年代に建設されたベルリンテレビ塔、東西ドイツ統一後に修復された国会議事堂、また議事堂内にある中央のガラス張りのドームなどはぜひ見学したい。そして今回、このほか貴重な建築として見逃せない四つの博物館、美術館を紹介する。
シンプルかつクラシカルな外観
車が絶え間なく行き交うポツダム広場、この地のランドマークであるソニー・プラザの近くに、鉄骨とガラスが組み合せた黒い箱型の建築が静かにそびえている。
「ガラスの陰影による殿堂」と呼ばれる「新ナショナル・ギャラリー」は、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエの手による芸術品である。
旧ナショナル・ギャラリーに収蔵されていた一九、二十世紀の作品の新たな展示スペースとして、モダニズム建築の巨匠ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエにより設計された「新ナショナル・ギャラリー」は一九六八年に落成した。巨匠の強烈なコンセプトを感じるこの建築には、立体派、表現主義、バウハウス運動、シュルレアリスムなどの作品が収蔵されている。毎年ユニークな特別展示を行うことでも知られ、特に「メトロポリタン美術館展」の際には参観者が百万人を突破するなど非常に人気の高い美術館である。東西統一後、収蔵品はさらに増え、特に二〇世紀のヨーロッパの絵画と彫刻が充実している。近年、近隣の「ベルリン文化フォーラム」とともに複合文化施設として生まれ変わった。
新旧の融合 動きの魅力
世界で最も成功したアジア系建築家の一人であるイオ・ミン・ペイは、博物館に新たな息吹を吹き込む名手として知られる。ルーヴル美術館の「ガラスのピラミッド」、ワシントンのナショナル・ギャラリー東館、滋賀県にあるMIHO MUSEUM、そしてベルリン博物館島内のドイツ歴史博物館の増築等、巨匠はその絶妙な設計により、これらの建築物に「画竜点睛」の効果を与えている。古典建築のドイツ歴史博物館では、紀元前から中世、近代、数千年に及ぶドイツの歴史を学ぶ事ができる。もっとも悲劇を生んだ近代の歴史についても重苦しさを感じさせるだけでないのは、イオ・ミン・ペイが展示スペースに新たな命を与えたからだといえよう。
東西ベルリンの合併後、一九九九年に設計をイオ・ミン・ペイに依頼、二〇〇三年に落成した増築部分は、斬新でありながら、重厚な旧館の建築とうまく調和、融合している。博物館全景を眺められるガラス張りのらせん階段、明るく巨大な吹き抜けのホールが、快適な鑑賞動線を生み出した。
五感に訴えかける
刺激的なデザイン
ドイツ国内でもっとも特徴的な建築の一つといえるベルリンユダヤ博物館を訪れた人々は、その風変わりな外観にまず驚かされる。入口には一七三五年に建てられた裁判所があり、現在まで残る数少ないバロック式建築による公共施設であるが、第二次大戦時に戦災で厳重な被害を受けたため、一九六三年から一九六九年の間に補修されベルリン博物館として生まれ変わっ
た。ベルリンの歴史を伝えるシンボルである。
 |
そして一九九三年、ユダヤ系アメリカ人建築家ダニエル・リベスキンドによる大胆で斬新な計画のもとに博物館の増築、つまりユダヤ博物館の建築が行われた。銀色に輝く不規則な形状の建築は見る者に強いインパクトを与える。二〇〇七年九月には、ユダヤ神殿を創作のイメージとし、コの字型のバロック建築に挟まれた中庭をガラス屋根で覆うプロジェクトが完成。ユダヤ博物館の斬新な建築に、新たな作品が加わった。
五〇〇人収容できるスペースでは、シンポジウム、パーティーや音楽会や演劇の上演も可能である。特に斬新なのは九種類の異なるガラスによって構成される天幕と、枝状に不規則に広がる鋼鉄の支柱であり、対称、バランス、規則性といった一般的な建築構造の常識とは大きく異なる。またガラスの建築ゆえに室内外を遮るものはなく、中庭のフラワーガーデンの緑や屋外の光が反射して室内にさ込み、光と影の移ろいが楽しめる。
優雅な古典建築と、金属で覆われ光り輝く未来的な建築。新旧のはざまに、ユダヤ民族の深く激しい日々、そして民族の歴史への誇りが表れている。
ダニエル・リベスキンドの構想を実現させたという独特なデザインにより、ユダヤ博物館はベルリンの新たな観光スポットとなった。二〇〇一年の秋には正式オープン前にも関わらず三十五万人もの先行入場者を呼び込んだ。館内の通路、天井、壁は歪んだり傾いたりしており、五感に訴えかける非常に刺激的な設計である。開館七年あまりで参観者はすでに四百万人を突破した。
食芸術教育の革命が
生まれた地
緑あふれるラントヴェーア運河のほとりに、真っ白なバウハウス資料館がそびえる。バウハウス運動を記念したデザイン博物館である。デザイナーが何かと口にするこの「バウハウス」だが、いったい何であるかご存じない方もおられるだろう。「バウハウス」とは実験的なデザイン学校であり、一九一九年から一九三三年まで革命的な教育が行われた。陶芸、金工、撮影などのワークショップにおいて当時のデザイン及び工芸の概念を一新、建築、工業デザイン、芸術表現へ大きな影響を与えた。そして新たな概念を持った彼らを「バウハウス学派」と呼んだのである。
参加メンバーは、画家のワシリー・カンディンスキーやパウル・クレー、デザイナーのマルセル・ブロイヤーやミース・ファン・デル・ローエといった、
のちの世界芸術およびデザインに強い影響を与えた巨匠たちである。
創始者のヴァルター・グロピウスの設計をもとに一九七八年に建設された
美しい館内にはバウハウス設立についての事細かな記録が残っている。また歴史フィルム、模型、陶器、家具、金属工芸、舞台設計のほか、八千点以上の建築模型とデザインスケッチが保存されている。特に珍しいのはグロピウス自身が保管していた、デッサウの地にバウハウスが建築された一九二五年当時の校舎の模型である。なお館内には様々な言語による音声ガイドがあり、外国人も参観しやすい。
建築と展示内容のみならず、館内のショップには各国の優れたデザインの関連商品が集められており、デザインに興味のある参観者にとっては満足間違いなしだ。 |