芸術家らが田子坊の工場や倉庫に移り住んだ後、昔からの弄堂(路地)は芸術殿堂へと変貌した。小さな工場はアトリエになり、倉庫は展覽館やギャラリーへと変わった。ここは芸術の魅力あふれる、アートな空間だ。
上海泰康路二一〇弄にある「田子坊」。現在の画家である黄永玉が数年前、この弄堂にこんな風流な名前をつけた。田子坊とは中国古代の画家の名前からとった。この弄堂が芸術殿堂へと変貌するなか、小さな工場は本格的なアトリエに、小倉庫は改造され展覽館やギャラリーへと変わっていった。
芸術・哲学
陳逸飛、爾冬強、黃永玉、王劼音、王家俊といったアーティスト達が次々に小工場や小倉庫に住み始めてから、芸術の力が至る所に現れていった。初めは石庫門の庶民たちが、収入もそれほど多くないであろう彼等のために、雰囲気を出そうとコーヒーを入れた。そして玄関に集い、またお茶を飲みながらのおしゃべり。こうして自転車置き場のそばに、初の露天カフェが誕生した。
寂しがりやで人恋しい芸術家たちも、もちろん一緒だ。カフェに名がつき独特のLogoもできた。当初は、入り口に掛かるメニューにアマチュア作家の詩歌も載せた。さらに手作り編み物を出し、時代感たっぷりのポスターも加わる。
芸術家が次第に集まるようになることでアトリエも多くなり、カフェもそれにつれて増えたが、増えたのはカフェばかりではない。ビーフステーキ、ビール、ケーキと、生活の楽しみを味わうように、昔からの弄堂には次々と西洋の香りが入り込んでいった。ガラス窓のむこうには、磁器、中国結、年画が並び、そしていつの間にか空になった酒ビン、露天席の灰皿の中は中南海やマルボロといった銘柄の吸殻が残る。
石庫門のレンガが新しい色合いになっても、その壁にはクラシックな白黒写真が掛かっていた。写真の中の朴直な笑顔と軍服は変わらぬ昔のものだが、外に目を移せば完全に違う風景がそこにある。時代感あふれるポスターはレンガ色のバックにうまく調和し、建物の端にはいくつかのらく書きがあって驚きだ。
美とは偶然の発見、ふとした一瞬から生まれるもの。これが奥深い芸術になる。芸術家は自由に思い巡らし、瞑想し、哲学する。
古くて 新しい
芸術は田子坊に一種特殊な雰囲気を吹き込んだが、それは新天地とは違うものだろう。新天地に芸術の香りがないということではない。ただ新天地のモダンな感覚は田子坊とはまったく異なっている。田子坊の、昔ながらの庶民の路地裏から芸術家のロマンが映し出され、それはまた、感性豊かな素質の表れと言えるかも知れない。
インスピレーション、ひらめきとはどこからくるのか?袋小路に入り込んだ時に突然ひらめくもの。弄堂から、新しい流行が生まれていった。
長い間修理されていない、古ぼけた石庫門に展示用の窓をつけ、透明なガラス窓に目新しい服飾が並ぶ。そしてバー、カフェ、ティールーム、ケーキショップ等が次々と誕生した。露天チェアーはみな良く似ており、花が飾られた円テーブルも夜には蝋燭に火が灯される。実にいいムードだ。各店內に入れば、それぞれ特色があって面白い。
プラスチックの透明な椅子はハイテク技術を連想させ、木の椅子は古いが上品な味わいがある。
上海に「追憶」という名の場所があるとすれば、それはきっと石庫門弄堂入り口に刻まれている。その一つひとつ、どれにも懐かしさがこもる。石庫門には、時を越えた親しさが残されている。
「創意」という名の場所があるとすれば、それはここ田子坊だ。文学青年たちが追い求める芸術のひらめきを必ず見出せるだろう。ケーキとワインが結びついて生まれた空間。道端の看板に魅かれたあなたは、カメラのシャッターを思わず押してしまうに違いない。
「芸術」という名の場所があるとすれば、それは田子坊を訪れた人々の心の中に見つかるだろう。アクセサリー、磁器、街角のらく書き、たくさんの酒瓶、そしてあの時代感あふれるポスター。人々は店の品物を見て、触れて、気の向くままに時を過ごし、名残り惜しそうにまた足を留める。そんな人々が味わう小さな喜び。
「静寂」という名の場所があるとすれば、それは露天のテーブルに向かい、一杯のコーヒーを傍らにキーボードを叩くひと時。今の気持ちをメールにのせて友人に届けようか。それともペンを片手に、ロマンチックな心境を便箋にでもしたためようか。
「生活」という名の場所があるとすれば、そこには上海のノスタルジー、若者の夢やロマン、外国人が求める娯楽、偶然聞こえた天真爛漫な子ども達の笑い声がある。ここは心豊かな理想郷。
「田子坊」では、それらが現実に存在している。
バーのインテリアにもこだわりが光っている。周りが現代油絵に囲まれた店あり、オーナー好みの版画が飾られている店あり・・・。特別なのは、ここにテディベアの専門店があること。商業化の波はここにも及び、弄堂文化の発展を促したことは否定できない。
多元的 だがシンプル
弄堂の中は小さな店に分けられ、田子坊の石庫門全体には一体感がある。各店で中国と西洋が融合し合い、あるいは中国と西洋がなかよく並んでいる。例えば、店の入り口に流行の服飾が、出口には磁器が売られているなど、かなり独特だ。別の店では、高い位置に提灯が掛けられているが店内はシシリア風だ。このように多元的かつ十分に気配りされたデザインが、客の感性を刺激している。そんな小さな嬉しさが商業化につながり、それとともに芸術のもつ魅力も発揮された。
弄堂の奥にワイン専門店がある。ガラス戸の中には格調高くワインがきちんと置かれているが、入り口上方に目をやれば、上海庶民が長い竿に干す洗濯物も見える。この古さと新しさの混在する風景が店舗や住民の暮らしぶりを変えることはない。弄堂両側の階上は民家で、階下には間口の狭い小舖子が開かれ、道の中ほどには客や行き交う人々のための露天テーブルと椅子が置いてある。シンプルで豊かな生活がここにあった。
午後の陽だまりの下、弄堂の入り口にコーヒーの香りが溢れ、人々は時間をかけて味わう。そして様々に思い巡らす。夕方は、石庫門内のバーで友人と集う。世間の悩みを忘れるひと時、安らぎに満ちた暮らしをゆったりと楽しもう!
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